それでも人生は続く

 

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 男女問わず、笑顔の素敵な人はそれだけで魅力的に感じる。口元だけで優しく微笑む顔や顔全体でにっと笑う顔。その人を思い出す時の顔が笑顔なら、無意識のうちに惹かれているんだろうなと思う。

 

 

他人から見た自分はどんな風に写っているのだろう。そんなことを思うと同時に、いつからかうまく笑えずうまく話せていない自分がいることに気がついた。 

 

 

はっきりとした理由なんてわからないけど、きっと「やりたいことをやれていない現実」と、それに付きまとう「未来への漠然とした不安」というのは心の何処かにあるんだろうなと思う。

 

 

ある時、鏡の前で笑った自分の顔が不器用すぎて、全力で引いた。

 

 

「あー人前でもこんな顔してるのかな」って凹むレベルに不器用だった。もともと魅力的な顔してないし、東南アジア旅してても現地人から「違和感ないよ」とか言われるし、家族にも友達にも謎の東洋人扱いされるしまあいいんだけど、さ…

 

それはそうと、笑顔が不細工って致命的だと思う。それからしばらくはなんか顔が気になって、表情筋のトレーニングとか(3日ほど)やってみたりして(まあ謎の東洋人が努力したところで感は否めないけど。)。

 

 

でも、どれだけやっても(3日しかやってない)やっぱり笑顔って作れるものじゃないなって思った(トレーニングが面倒とは言ってない)。昔から顔や態度に感情が出やすくて、嘘ついてもすぐバレるし、その場が楽しい雰囲気でもネガティブな気持ちや考えごとしてたら、顔や態度にも出る。

 

 

だから、皆がどうかはわからないけど、心の底から仕事や日常生活、大きく言えば「自分の人生」を楽しむことができてなかったら、自分の場合はうまく笑えないんだなって思った。

 

 

先日、アナウンサーの青山愛さん(失礼ながら全く知らなかった、が、綺麗な人←)が引退するというニュースがあった。基本的に芸能ニュースとかは1番興味のない類だけど、ぼーっと観てたら、とても素敵な方だなあと刺激を受けたのでここで紹介させてもらいます。

 

番組に就く前に、プロデューサーとひとつだけ、約束したことがあります。
それは、「絶対に嘘はつかないこと」。
良く思われたいとか、この方が無難かもと、
思ったことを言わなかったり、取り繕うことは決してせず、
ありのままでいることを約束しました。
思えばアナウンサーになって、好感を持たれたいとか、周りに認めてもらいたいと、
テレビの中でも、会社の中でも、
ニコニコして相手に合わせたり、意見を飲み込んで無理をしたり、
空気を読んで空気みたいな存在になっていると感じることがありました。
自分ではなく、周りに設定された「基準」や「スタンダード」に縛られてしまって、
自分の軸を持つこと、自分の軸を伝えること、多様性の価値を実感することを、怠っていました。
相手への思いやりは忘れずに、
でも、取り繕って好かれるよりも、
自分らしくいて、嫌われる勇気を持てたら、かっこいいなと思っています。

 

テレビ朝日 アナウンサーズ 青山愛

 

 

「空気を読んで空気になっていた」

「誰かが作った軸に縛られて動けなくなっていた」

「取り繕って好かれるより、自分らしくいて嫌われる勇気を」

 

 

いまの自分に必要な考え方や言葉で綴られた文章が、心に刺さりました。

 

 

働いてはいるものの退職を見据えていて留学・世界一周という、世間でいう所の「普通」とは違う道を歩こうとしている自分。この「普通」は「自分ではない、周りに設定されたスタンダード」。

 

 

普通。当たり前。常識。

誰が決めたんだろう。バイアスでしかないのに。

 

 

同じような道を歩む人は、近しい人にはいないけど、似たような道は日本だけ見てもそして世界ならもっと、数多くの人が歩いている。まだまだ挑戦できる。そしていつだって変われる。

 

 

「この道でいいのか?」「他の人は働いてるぞ?」という言葉が何処からともなく降ってきては、頭の中を何度も巡った。不安になったりもしたけど、でもなぜか脚は前に進んでて、気がついたら留学のこと調べたり、世界一周に必要なものや行きたい場所・ルート調べたりしてた。

 

 

 

 

結局、頭で考えるより理性を保ちながら心で感じることに忠実に暮らし、生きていく道を選ぶのが、一番上手な「笑顔の作り方」なのかも知れない。心の底から楽しめる仕事や笑い合える仲間に出会えた時、きっと今よりずっと上手く笑っているはずだ。

 

 

悩んでいても時は流れていく。

まだこの先も、きっと人生は続いていく。

誰もに平等かつ有限の時の中で、ムダにしていい時間などない。

後悔はせずに、けれども時々振り返りながらゆっくりと歩いていこう。