会いたい"誰か"がいること。

 

 f:id:TakaT:20170609215611j:image

 

 

「あー!いたーー!!!」

 

待ち合わせの駅で、すぐ近くにいるはずなのになぜか会えない2人。電話をしながらやっと会えた時、その子は「あー!」と飛び跳ねるように駆け寄ってきてくれた。

 

連絡は時々取っていたものの会うのは約2年ぶり。彼女は中国人で、学生時代にバイト先で知り合った。

 

 

肩まで伸びた長い髪が、少し湿った梅雨の風に靡く。 

 

 

人が大勢いる中で「あー!いたー!」なんて駆け寄ってくるその姿に少しだけ照れつつも、素直に嬉しかった。

 

お互いに仕事を始めてからも何度か食事には行ったものの、昔からの長い付き合いという訳でもないしたまに連絡するくらいの仲なのに、会えばそれまでの時間を埋めていくように家族の話や仕事の話、たわいない話を楽しみや悲しみ、不安までたくさん話してくれる。

 

 

彼女を見ていると、自分には「会いにいくだけで心が踊るような誰かがいるだろうか」「同じ時間を過ごす人と楽しみや喜び、悲しみや不安をちゃんと共有できているだろうか」と思った。

 

 

「会いたい」と思える誰かがいることはとても幸せなことなんだろうと思う。その人に会えるのならば会わない手はない。それが距離や何かしらの問題で叶わない、躊躇っているのであれば電話やメールで何気なく連絡をしてみるだけでもいい。

 

 

離れて暮らす家族には年に2〜3回ほど、学生時代の友人もここ最近は一部の人としか会えていない。

 

 

大学生活は人生最後のモラトリアムだと自分の中で定義づけているんだけれども、その青春の4年間、最後かつ最高のモラトリアムを同じ学び舎(学んだのは天からお金は降ってこないという事くらいだが)で共に過ごした仲間とは、思い出と今と未来を語り合うことなく時が流れている。

 

 

前にも書いたが「自由と孤独は表裏一体なんだよ。」とある人に教えられた。それは旅を続けるような自由な生活でも、仕事ばかりの日常生活でも、その日々の中に孤独は顔を出す。

 

 

 

そんな時、心の片隅にある孤独や寂しさをスッと消してくれるような色を持った人に会いたい。そして願わくば、その"誰か"にとっての自分もそうありたい。